雨の日にはたまに

のどかにつづる

帰ってきたエイブルスキーバー

たこ焼きのような形をした真ん丸のパンケーキ「æbleskiver (エイブルスキーバー)」を初めて食べたのは、4年前の冬だった。その年の冬はデンマークに3ヶ月間滞在しており、大学で新しい研究の手法を習っていた。海外にこんなに長く滞在するのは初めてのことで、週末はあちこち歩きまわって、街の様子やら公園の樹々やらを見ては、飽きもせずに楽しんでした。

クリスマス前のどことなくふわふわした雰囲気に満ちたある週末、街中を散歩していると、アパートの1室を開放した手作り市に出会った。道路に面した部屋に看板が出ており、中にはクリスマスの飾りや軽食が並べられている。温かい雰囲気にひかれてふらりと入ってみると、部屋の隅のソファーでは、たぶんこの家の子供たちが遊んでいたり、家主さんと近所の人が談笑していたり。部屋のなかをひととおり見て、軽食を売っているカウンターのところにやってきた。

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手作り市の様子

軽食のメニューは2品だけ。デンマーク語はまったくわからないので、何が売っているのかよくわからない。けれど、このすてきな雰囲気のところでまずい食べ物が出てくることはなさそうだし、よくわからない食べ物に挑戦するのはわたしの好むところ。そんなわけで、ふたつとも頼んでみた。(ちなみに、デンマークでは決済の電子化が非常に進んでいて、3ヶ月間の滞在中に現金を使ったのは、たしかこのときだけだった)

出てきたのは、たこ焼きのような丸い食べ物と、温かい飲み物。飲み物のほうは、スパイスのたくさん入ったホットジュースで、デンマーク語でいうところの「gløgg (グロッグ)」をワインのかわりにジュースで作ったようなもの。食べ物のほうは、真ん丸な形のパンケーキで、パウダーシュガーをふりかけてラズベリーのジャムと一緒に食べる。こじんまりとした居心地の良い空間のせいなのか、どちらも妙においしく感じられて、そのパンケーキの「æbleskiver」という名前をメモさせてもらった。ぽかぽかと温まったあと、お礼を言って部屋を出て、ふたたび散歩を続けた。

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エイブルスキーバーとスパイスたっぷりホットジュース

エイブルスキーバーとはリンゴのスライスという意味のようで、昔はこの中に細かく切ったリンゴなんかを入れていたそうな。デンマークではクリスマス前によく食べられるスイーツとのことだった (日本語のWikipediaにもページが作られている)。このときのデンマーク滞在で印象に残ったことはたくさんあったけれど、居心地の良い手作り市のエイブルスキーバーも、しっかりそのなかに入っていた。

 

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時は流れて2021年の冬、わたしはふたたびデンマークにいて、エイブルスキーバーを食べている。わたし自身もパートナーも、数年間の在外研究のための研究費の申請が同時に通り、また戻ってくることができたのだった。4年前の滞在期間は3ヶ月間だったので、だいぶあわただしく毎日が過ぎていった。しかし今回は2年間の時間があり、また、4年の歳月が流れるあいだに生まれた子供も加わったため、時間の流れがだいぶゆっくりしている。

そのようなゆったりした気持ちでスーパーマーケットの冷凍食品をのぞいていると、ある日、袋詰めにされたエイブルスキーバーを発見した。自分で焼かなくとも、あのふわふわしたパンケーキが食べられるのである! 迷わず購入して、休日の朝ごはんに解凍して食べてみた。

市販のものも十分においしくて、オーブンで焼くと表面がカリカリして楽しい。焼き立てをアチチと指でつまみあげて半分に割り、クリームチーズラズベリーのジャムを塗ってほおばると、生地に練り込まれた柑橘系の香りがふっと鼻に抜ける。エイブルスキーバーを食べて、「デンマークに帰ってきたのだな」と、また思った。

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デンマークの公園はどこも美しい

 

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このエントリーは、ひぐちさんの立ち上げられたアドベントカレンダーLet's シェア! 外国のクリスマス🎄」の12月3日 (金) 分の記事として書いたものです。

今回デンマークに帰ってくるにあたり、4年前とのもっとも大きな違いは、COVID-19のパンデミックによって渡航がかなり大変になっていたことでした。いちど経験したはずの居住許可申請は、まるでまったく違う手続きになったかのように感じられて、入国に必要なそのほかの書類や手続きも増えていました。感染状況によって入国に必要な条件が変化し、長期的な予定も立てづらい状況でした。

渡航前のそのような大変な時期に、デンマークのことを書かれているひぐちさんのnoteを発見し、すこしずつ記事を読んでは、面倒な手続きに萎えかかる気持ちを元気づけたり、ときには手続きに役立つ情報を得ていたりしました。渡航してきたあとも、毎日のなかで見聞きするものごとが「ひぐちさんのnoteで見た!」というものだったり、日常のちょっとした知識を得られたりして、いろいろと参考になっています。この場を借りて、お礼をお伝えしたいと思います。ありがとうございます。